これは、今から二年前の話だ。ちょうど、フィーナが家にホームステイに来た、次の年の冬だった。

 

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  ここは俺の家、朝霧家のリビングである。「おめでとう達哉」、「おめでとう、お兄ちゃん」「タツ、よくやったな」「達哉くんよくがんばりましたね」とみんなが次々に俺を褒めてくれる。その理由は2時間前ぐらいに遡る。

 

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 今、俺は満弦ヶ崎大学の合格掲示板の前にいる。隣には最愛の人であり地球で唯一の『静寂の月光』の教会の司祭でもあるエステルがいた。
「達哉の番号は112566で良かったのでしたよね」
「ん、あ、あー112566で月学部だぞ」
「バ、バカにしないでください。それぐらいは、………え、えーと月学部は、えーと………」
「お、ここだな、エステル一緒に………」
「は、はい」
 掲示板の前で、俺とエステルの二人は生死の境にいるかの如くその板を見つめていた。

112543

112549

112553

112558

112563

>>112566<<

112567

「た、達哉!!」
「エステル!!」
 ほぼ同時だった。番号を見つけた瞬間、俺たちはいつの間にか抱き合っていた。
「う、うわー見せてくれるね。あそこの二人」
「あ、本当だあー」
 そんな声(野次)によって、俺の意識は現実にもどってきた。すぐに取り繕おうとするが興奮は冷めやらずに……
「やったよ、エステル。これもエステルが俺の勉強を夜遅くまで見てくれたおかげだよ」
「いいえ、達哉。これはあなた自身が勝ち取った物。だからもっと胸を張っていいのよ。そ、それに夫を支えるのが・・・
「ん、ごめん、後のほう聞こえなかった」
「い、いえ気にしないでください」
「え、えーとエステル、そのさ……」
「はい、何でしょう?」
「そのー」
「はい?」
 なんで言えないんだ。こんな時ぐらい、男を見せろ朝霧達哉。
 そして決心が付いたように最愛のひとの前に立ち、そっと唇を近づけた。
「た、達哉。こんなところで……ひ、人が多いところで」
「ダメか?」
 俺はエステルさんに対し、わざと上目使いをしてみると………
「ん、もう今回だけですからね。」
 と、エステルはそっと唇を差し出してくれた。ここは人が往々としているが、俺たちはそんなことは気にしない。
 こちらもエステルに顔を近づけて心の中でカウントダウンをした。

 サン………ニ………イチ………ゼ「あら達哉君にエステルじゃないかしら」

「わ!!」「きゃ!!」

 後から不意に声をかけられた。しかしなぜこのタイミングなのか……。内心そう思いながら後ろを振り向くと、そこには私服姿のカレンさんがいた。
「あ、へ、え……カ、カレン様。こ、こんにちふぁ。えーとどうしたのですか、このようなところへ」
 エステルは完全に動揺していた。しかしながら、俺もカレンさんがこの場にいるのは、確かに不自然だと思った。カレンさんは仮にも月の王宮の秘書官である。地球の大使館に勤めているカレンさんが、こんなところまで来ることは滅多にないと思っていたのだが………
「ふふ、これも仕事なのですよ。月も今年度の満弦ヶ崎大学の月学部には興味があるようなのでね」
 と、カレンさんは言っているが……しかしながらカレンさんほどの人物がなぜ満弦ヶ先大学の学部合格発表なんかに来ているんだ?と、内心に思っていたら……
「しかし、カレン様直々に来ることはないと思いますが?」
 と、エステルも俺と同じ考えだったらしく頭の上に『?マーク』が乗っていた。
「あら、貴方たちが原因の中心にいるのですが………。地球で「灯台下暗し」と言うのは、まさにこのことのようですね」
「え、カレンさん俺たちが原因ってどういうことですか?」
 俺たちが完全に固まっていると、
「悪い意味ではありませんよ。と言うよりも、達哉くんに注目していると言って良いぐらいなのですよ」
「ま、待ってください。達哉がですか?」
 エステルは驚いているが、それもそのはずだ。俺はこの一年、黙々と受験勉強していただけであった。当初はエスカレーター方式で上がれると思っていた俺だが、今年度の月学部は歴代初の高倍率となっていたため、この一年は黙々と受験勉強教をしてきた。
「お忘れですか、先日、月と地球の間を行き来するロストテクノロジーのトランスポーターを発見したフィーナ様のホームステイ先の地球人であり、王立月博物館の実質館長のさやかの従弟である達哉さんなのですからね」
 その通り、あのフィーナが地球に再度来たさいに見つけたロストテクノロジー。なんでも、月に向かうさいに最速だと言われている。以前ニュースになっていたのも知っていた。そのせいもあっての今回の倍率なんだろうと、思っていた。
「それに………」
 と、カレンさんは俺たちを見ながら……
「それに貴方たちが戦後初めての地球と月の夫婦になるかもしれないのですから」
 と、カレンさんからまさかの爆弾発言が飛んできた。これには二人して悶絶するしかなかった。
「それに達哉くん。私の携帯は、さやかからの電話が先ほどから鳴りっぱなしですよ」
 と、今もバイブで揺れている携帯を見せてくれた。
「………その、なんというかすいません」
「ふふ、そう思うなら達哉くん、すぐにさやかに報告してください」
 と、笑顔で言われてしまった。
「そうだ。一番最初に言うべきでしたね。合格おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
 と、お辞儀をして、
「それでは失礼します。それと二人とも。ああいうことは公衆の面前では控えてください」
 と、俺たちの一連のやりとりはカレンさんに完全に見られていたらしい。恥ずかしいかぎりだ。

 

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 ということがあり、現在に至るのだが………
 今の家を確認する。
 家に帰宅→報告→左門に連絡→朝霧家+鷹見沢家+エステル+イタリアンズが家のリビングに集結→机に左門の料理があるだけ出ている と、まあこんな感じである。俺の祝賀と幼馴染で推薦の大学にいく鷹見沢菜月の祝賀も兼ねているのだろう。が、しかし……
「こんなに出していいんですか、おやっさん?」
 見るだけにうまそうな料理がならびに並んでいる。
「それに、タツと菜月の門出祝いだ。それにこれは全部仁の給料から引いとくからきにするな」
「いや、それは悪いですよね仁さんって、あれ仁さんは?」
 さっきから仁さんの姿が見えないとおもっていたが……
「あ、兄さんならキエマシタ」
 と、菜月が言っている、たぶん仁さんは星になったのだろう。………臥床と、思いきや……
「しかし、二人とも合格とはたいした物じゃないか」
 と、仁さんが帰ってきたらしくそう言っていた。
「兄さん、私は推薦でほぼ確定だったんだから当たり前じゃない。それよりもすごいのは達哉でしょうが、すごくがんばったみたいだから、まぁ、好きな人が厚〜くサポートしていたのだから当然でしょうけど」
 と、完全に反論の出来ないことを菜月に言われた。
「いえ達哉は頑張りました、だからこれは当然のことです。私は達哉を少し手伝っただけですよ、菜月さん」
 と、これまでにないぐらいの笑顔をみせているエステル。
「あらあら、だそうですよ、達哉さん。この幸せ者め」
 と現在、肩をバシバシ叩かれています・・・
「しっかしよく受かったね。お兄ちゃん」
「いや、待て麻衣よ。よく受かったねとはなんだ」
「だって、毎日毎日、教会に行って帰ってくるのは夜遅くだし……。たまに帰って来ないし……。それじゃどうせエステルさんといちゃいちゃしていただけかなって思っちゃうよ」
「な、そんな訳ないだろ」
 内心なぜ分かった、とツッコミそうになったが……
「それではここでこれからの抱負をみんなで言おうじゃないか」
 と、仁さんがテンションアゲアゲでいきなり言ってきた。
「兄さん、うるさい」
 ドギャーン・・・仁さんは星になった(二回目)
「だけどそれはいいかもしれないわね。」
 と、姉さんが言っていると
「そうだな、いいじゃないか」
 と、おやっさんまで言ってきた。そしたら姉さんが立ちあがり
「私はこの家族をまもり通すことです」
 次におやっさんが……
「なに、菜月とタツがいない分がんばって母さんが帰って来たときに胸張っていられる店にしとくかな」

「わたしはお兄ちゃんに負けないぐらい頑張って今度こそ金賞取るぞぉ〜」
 麻衣までも立ち上がり、すると菜月が……
「わたしは絶対、獣医になってこの町に帰ってきます。ほらほらエステルさんも」

「え、私もですか、そうですね……」
 エステルはこちらをちらちら見ながら……。
「大切な人と傍にいられればそれで幸せです」
 と、言い終えた後エステルは顔を真っ赤にしてこちらを向いていた。
「これは……。お兄ちゃんがんばれ〜」
 俺は周囲のプレッシャーを感じながら、
「俺は、俺の大切な人と傍にいることが当たり前になれるよう頑張る」
 と、俺はいいのけた。そして誓ったのだ。

 この日の我が家の静寂は、これが初めてで最後だった。
「ヒューヒュー熱いねお二人さん」
 『仁さんお帰り』と思いながら、なぜ今になって戻ってきたのかと、タイミングが悪さに呆れてしまう。
「あーあーこれじゃあ、私と達哉の大学合格の祝賀会というより二人の結婚前の祝賀会よね」
 と、菜月が呟いていた。
 
 そのあとその日は朝まで大変だった。ホントに………


 
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「ぷっ」
 唐突にも、あのシーンが脳裏に甦って笑ってしまった。
「どうしたのです、達哉?」
 と、俺の顔を見つめながらエステルが質問してきたので、さっきまで思い出していたことを言った。
 すると、エステルは……
「あ、あの日は恥ずかしかったんですからね」
 と、言っていたが顔は笑顔だった。
「さて、これで準備も完了でしょう」
「そうですね。これで終わりですね」
 夜も遅くなり、俺はエステルに『今日は泊めさせてくれますよね』と、言おうとしたが……
「それじゃ、エステル。俺は家に帰って寝るよ」
 と、少し意地悪をいうと
「え、そうですか。え、あ、その………」
 と、エステルは完全に落ち込んでいるので……
「うそです。エステル、今日は泊めてくれますよね」
 そう言った瞬間、エステルは先ほどまでとはうって変わって笑顔になったが……
「知りません。もう知りません、帰ってください」
 と、右の頬に手を添えたエステルにきっぱりと言われた。
 しかし、顔が怒っていないですよ、エステル。

 そのあとどうにかしてエステルの機嫌を直し、どうにか泊めてもらったのだが……
「あの、エステル近すぎじゃない?」
 と、言う俺。現在エステルが俺に絡み付いている状態が続いていた。
「今までとなんら変わりはないですよ」
 そう言うエステルは、内心寂しいのだろう。俺だって同じだ。だから……
「なあ、エステル。昼間の続きいいか?」
「し、知りません」
「それじゃ、遠慮なく」
 重なり合う二人の唇。
 そして俺は愛する人の唇を付けたまま意識を手放した。

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