『もう……いやだよ』
  わたしは女子トイレに逃げ込んでいた。あのまま逃げ続けていればお兄ちゃんに捕まっていた。だから、卑怯だと思いながらもわたしはトイレに逃げ込んだ。お兄ちゃんのことだから、いくら人がいなくても女子トイレには入って来れないと思った。事実、お兄ちゃんはトイレに入って来なかった。
『全部終わりなのかな』
 少し前から、お兄ちゃんの様子がおかしかった。一日中どこにいても、わたしが選んだ手袋をはめているし、最近のお兄ちゃんはわたしに対して余所余所しかった。
『お兄ちゃんの頬を叩いちゃったから』
 自分から手を出してしまった。わたしは自分から、愛する人と過ごす幸せの日々を壊してきてしまったんだ。
『きっと、別れ話なんだよね………』
 嫌な予感がして、わたしは一人で学院に来た。そうしたら、お兄ちゃんがやって来た。最近、ずっとわたしのことを避け続けていたお兄ちゃんが、自分からわたしに会いに来たのだ。
『もう……バレバレだよ……』
 教室に二人きり。わたしはお兄ちゃんの言葉を聞くのが怖くなって、逃げ出してしまった。それも、お兄ちゃんを叩いて……。
『バカだよ……わたし』
 ここにいれば、お兄ちゃんは絶対にお兄ちゃんはわたしを追ってくる。別れ話だとしたら、むしろ言いやすい状況をわたしは自ら作ってしまったのだ。それでもわたしは、直接別れの言葉を聞くのは嫌だった。
「麻衣、ごめんな」
  トイレの中まで聞こえるようにお兄ちゃんは大きな声で言った。
「もう、無理に出てこいとは言わない。俺さ、いつもの川原で待ってるから、麻衣のフルートを聞かせてほしい」
  足音が遠ざかって行くのをわたしは泣きながら聞いていた。早く楽になりたいのに、お兄ちゃんは別れの言葉を一言も言わなかった。
 もう、わたしたちの関係もこれで終わりなのだろうか。やっぱり、兄妹で愛し合うことはできないのだろうか。何もかも、わからないよ。もう、いやだよ……お兄ちゃん……。

戻る

inserted by FC2 system

inserted by FC2 system