「心配かけて本当にごめん。それと、これからもずっと一緒だ」
 お兄ちゃんはそれだけを言い残して目を閉じた。わたしは、その言葉の意味を理解できずにいた。
『お兄ちゃんは、わたしと別れた後もずっと兄妹として側にいてくれるってことなのかな?』
 お兄ちゃんの考えていることが、わからない。こんなにもずっと側にいて、兄妹の関係を越えて恋人同士の関係にもなったのに、お兄ちゃんの気持ちは分からなかった。
『でも、わたしにはお兄ちゃんしか考えられないし、お兄ちゃんしか好きになれない』
 もうお兄ちゃん無しでは生きていけないほどに、わたしの心の中はお兄ちゃんのことで満たされていた。
『やっぱり、別れたくないよ』
 もう半ばお兄ちゃんとの別れを覚悟していたのに、お兄ちゃんは『これからもずっと一緒だ』と言った。その言葉は、兄妹としてなのか恋人としてなのかはわからない。だからこそ、わたしは混乱していた。
『わたしはずっと、お兄ちゃんの彼女でいたいよ』
 でも、お兄ちゃんがまだわたしのことを一人の女として愛してくれているのであれば、どうして最近わたしのことを避けていたのだろうと思ってしまう。わたしが一生懸命、お兄ちゃんに問いかけても、お兄ちゃんは必ず話を逸らそうとした。お兄ちゃんの心は、わたしから離れてしまったんだと思っていた。
『あれ?お兄ちゃん手袋外してる………』
 わたしがいくら言っても頑なに外そうとしなかった革の手袋。ここ一週間、肌身離さずバイトの時や勉強している時までしていたその手袋を、お兄ちゃんは外していた。
『お兄ちゃんの手、見てもいいってことだよね……』
 恐る恐るお兄ちゃんの手を取った。
『―――――――――――――!!!!!!』
 お兄ちゃんの手は、見るに堪えない悲惨な状況だった。
 掌には、一本大きな切り傷が走っていた。そして大小様々な切り傷が何カ所もあった。見れば、カッターのような刃で傷ついたモノに見える。そして、画鋲を刺したような痕も赤く点々と残っていた。
『お兄ちゃんはこの傷を誰にも見られないように手袋をしていたんだ……』
 もしかしたら、わたしは大きな勘違いをしていたのかもしれない。
『お兄ちゃんはずっとわたしに気遣って……』
 ずっとわたしに気遣って、傷を隠していたのだ。それをわたしは知ろうともせず、お兄ちゃんの気持ちも考えないでお兄ちゃんがわたしと付き合い続けることをあきらめようとしているのだと勘違いして……。
『わたし、バカだよ……』
 お兄ちゃんの頬を叩いてしまった。お兄ちゃんはなにも悪くないのに……。
『どうして、こんなに傷だらけになっているの?お兄ちゃん』
 でも、できることなら相談して欲しかった。わたしの与り知らないところで、こんなにも傷だらけになって、わたしはその理由も何一つ知らない。
『答えてよ……お兄ちゃん』
 心の中でわたしはそう必死に叫んでいた。わたしの眼からは一筋の涙が流れ出していた。

「ごめんな、麻衣。麻衣には、こんな恥ずかしい手を見せたくなくてさ……。それに、優しい麻衣が心ないヤツらの言葉で傷つくところは見たくなかったんだ。だから、麻衣と付き合い始めてからずっと麻衣には秘密にしてきたことだけど、この手を見られてしまったら、もう隠し続けるわけにはいかないよな」
 
 そう言ってお兄ちゃんは、傷だらけの手でわたしの涙を拭ってくれた。

 

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